BENT

ストーリーはいいんだけど……どうにもこうにも、正直、主演の椎名桔平氏の演技が物足りない。つやつやと血色の良い肌と肉づきのいい裸が時代の悲惨さをまったく感じさせないし、抑えた演技といえば聞こえはいいけどどーにもこーにも抑揚に乏しい感じ。まず「生きるためならなんでもする」というハングリー感や狡さがまったく感じられないし(ただの陽気なお兄ちゃんにしか見えない)、大切な人を殺すシーンでも、その傷みがまったく伝わってこない。「石を右から左へ、左から右へ」運ぶだけのシーンでも、その虚しい労働で蝕まれていく精神なんてまったく感じられなくて、呑気に野良仕事してるようにすら見えちゃう。要するに、「極限状態に追い込まれている男」にはとても見えないのだ。これでは作品のテーマが……。うーん。遠藤憲一氏はまぁ悪くないかな。篠井さんはまぁ、いつも通り。高岡くんはややセリフが棒読みだったような。マックスへの愛情を感じる役の作り方は悪くないと思うけど、もうちょっとセリフをちゃんと伝えて欲しかった。
あぁ、tptで上演した時のが観たかったなぁ。
それから、以前に上演したものを観た人の話によると、ラストでマックスは電流の流れる金網につっこんで自殺するらしいのだけど、この舞台では金網のほうに歩いていきかけて、途中で思い直して戻ってきて、また石を運び始めるという演出になっていた。これはどーも賛否両論わかれる所らしい。自分の黄色い星の服をすて、ホルストが着ていたピンクの星の服を着てまた石を運び始める……というのは、マックスが「同性愛者」であることを認めてホルストやルディへの贖罪のために自分に課した重荷なのかな、とも思ったんだけど。たしかにこの演出は賛否わかれるところかも。

詳細→ http://www.parco-city.co.jp/play/bent/top.html

解説
ナチスドイツの強制収容所におけるユダヤ人迫害をテーマに数多くの小説、映画や演劇が作られている。この「BENT(ベント)」という作品は、ナチスドイツの同性愛者の迫害という歴史に埋もれてしまった極めて特異なテーマを扱っている。

 時代は、ナチス政権下のドイツ。その時代のドイツでナチスユダヤ人を大量虐殺した事実はよく知られている。しかし、その過酷な時代にもっと過酷な運命を生きた人間たちがいる。ユダヤ人がダビデの星、つまり黄色い星を胸につけることを強要されていた時代に、胸にピンクの星をつけることを強要された人々がいた。そしてこれこそが最悪だった。黄色い星の人々より酷い扱いを受ける人々、まさに歴史の知られざる事実。
その時代、ピンクの星を胸につけた人々、つまり強制収容所で虐殺された同性愛者は250,000〜300,000人にもおよんだという。

 しかし、この物語はナチス強制収容所という背景をもちながらも歴史劇ではなく、純粋な愛のドラマである。
「ベント」は1978年にまず朗読形式で上演され、翌年79年に、ロンドンのナショナルシアターでイアン・マッケランの主役で上演され大センセーショナルを巻き起こし、その後、ウェストエンドに移りロングランをし、その年のオリヴィエ賞の最優秀男優賞を獲得した。1979年12月にはニューヨーク・ブロードウェイでも上演。リチャード・ギア主演でトニー賞・最優秀作品賞を受賞した。その後「ベント」は世界35カ国で上演されており、パルコ劇場では1986年に役所広司高橋幸治の出演で上演されている。

映画「ベント」は1996年にクランクインし、日本でも上映された。映画化には本作品の熱狂的なファンであるローリングストーンズのミック・ジャガーが大きな推進役となり、この映画にもゲイクラブの主人、グレダ役で出演もしている。監督はショーン・マサイアス、脚本はマ−ティン・シャ−マン自身。出演はクライヴ・オーエン、ブライアン・ウェバー、イアン・マッケランなどである。
Story(注・ネタバレあり)
1934年、ベルリン。ナチスドイツ下、迫害され強制収容所に連行されていったのはユダヤ人だけでなく、同性愛者もそうであった。
 マックスというやくざな男。「嘘をついても、人を騙しても自分だけは生き残る」、それが彼の哲学である。そして不運や災難は自分を避けてくれると信じている。いわばマックスは社会との協調性などといった概念からはかけ離れている人間で、彼にとっては日々がお面白可笑しく過ぎていけばそれでいい、自分さえよければそれでいいという男だ。
 ナチスの徹底したホモセクシュアル狩りでマックスとその恋人ルディはとうとう捕えられ、汽車で強制収容所へ送られる。その車中でルディはナチスになぶり殺される。そしてマックスはそのとどめを刺す役を強要され、瀕死の恋人を狂ったように殴り続ける。いきなり覚めない悪夢の世界に引き込まれてしまったマックス。それでもなんとか、得意の取引で最悪の状態から抜け出そうとするマックス。ピンクの星から黄色い星へ・・・。そんな、極限の状態の中で、彼は胸にピンクの星をつけたホルストという男と出逢う。ホルストホモセクシュアルであるという理由で連行されていた。
 収容所の強制労働で彼ら二人に課せられた仕事は、岩を右から左へ、そして左から右へ移すこと。来る日も来る日も、精神を崩壊させ、身体を痛めつけるだけの作業に明け暮れることになる。話してはいけない、近づいてはいけない、彼らには人間らしい行動をすることが許されなかった。
 そんな作業を繰り返していくうちに、二人は次第に言葉を交わすようになる。短い休憩時間に空を見ながら看守に見つからないように小さな声で。そうして少しずつお互いを知っていくうちに二人は愛しあう。
 永遠に終わることがないこの収容所で、二人は触れることなく、見つめあうことなくセックスをする。感じあい、慰めあい、そして達した時、彼らは自分が生きていることを実感する。
 しかし月日が経つうちにホルストの心身は限界にきていた。気遣うマックスに応える気力すら失っていた。
そんな二人の仲に気付いた看守はある日、マックスの目の前でホルストを射殺してしまう。今まで幾度となく愛する人を裏切ってきたマックスはこの瞬間すら、生きるために心を無にしようとした。しかし、看守が去るとマックスは放心状態のまま、目の前に横たわった男を抱き上げ、愛を囁き、そして死体を放ると、収容所を囲む高圧電流の流れる柵に吸い寄せられるようにまっすぐと向かっていった。