ワルプルギスの音楽劇「FAUST《ファウスト》」
プレビュー公演観劇。この手の「いろんなジャンルの人集めました!」的プロデュース公演はあんまり面白くないことが多いのだけど、今回は脚本の能祖さん・演出の白井さん・音楽の中西さん(青山円形劇場で何度か組んで仕事をしたスタッフ)の3人が軸になってるだけに、しっかりまとまりのある世界観ができていたと思う。大長編をまとめてるだけに、特に第二部はダイジェスト版的にならざるをえないけれど、それでも解りやすくて見やすい「ファウスト」だったんじゃないかと。
まぁ、現在私の心の第一王子の座を占める石井一孝さんが出ているので、正直言って冷静に観られないんだけど……って、メフィストフェレスがまるでトート*1みたいな出で立ち*2だ。いやでも、格好良かった。やさぐれた表情なんかちょっと可愛かったし。ちょっとお茶目で人間くさい雰囲気の悪魔だった*3。そんなファン視点を抜きにして冷静に見ても、今回はかなりイイ役作りとイイ演技をしていたんじゃないかなぁ。正直、キャストが発表された時は「ああ、またオペラ系の人と一緒にやるのかー……石井さんは歌がロック調だからキャンディードの時みたいに上手く声が溶けないんじゃないかなぁ……」とか心配していたのだけど。実際みていたら、オペラ畑の人々は「神様側の声」だったので、石井さんの歌がひとり異端なところがかえってメフィストというキャラにうまくはまり、「ああ、なるほど、だから石井さんで良かったんだな」と納得。狂言回しとして上手く舞台をひっぱっていたと思う。いろんなジャンルの人が集まった舞台って演技トーンがばらばらで気持ち悪いことが多いのだけど、ちょうどその中心でそれぞれのジャンルをつなぎ止めていたのが石井さんだったのではないかと。……うーん、やっぱりファンとしての思い入れが入りすぎか。ま、話半分で読んで下さいな。
篠原ともえちゃん。「マルガレーテって……大丈夫かなぁ?」というのが観るまでの正直な気持ちだったんだけど(いや竹中直人の会は観てるのでまぁ悪くはないだろうとは思ったけど、それでもなー、と)。いやびっくり。ヘタに手あかの付いてない演技が実に良かった。発狂してからの演技はほとんどオフィーリア状態ではあったけれど、痛々しくて胸を突く演技だった。可愛くて、可哀想だった。
ファウスト役の筒井道隆氏。うーん。白井さんがどういうファウストにしたかったのかはなんとなく解るし、頑固そうなところは確かに出ていたと思うのだけど。でも、「時の経過」が感じられないのが残念だなぁと思った。あのラストに持ち込むのなら、最初から最後までまったく同じトーンで演技してちゃ行けないんじゃないかなぁ。二部で「レーテの水」を飲んでマルガレーテのことを忘れるのは構わないけど、何もかもリセットされちゃいけないんじゃないかと。マルガレーテとのことで負ってしまった心の傷は表情に残しておかなきゃいけないんじゃないかと。幸福な家庭を得ることに失敗した後はなおさら、もっと苦労を顔に刻み込まなきゃ行けないんじゃないかと……。篠原ともえちゃんがあの短時間で見事に「可憐な少女が恋に落ちて男と寝て女になって母を死なせ未婚の母になることに耐えきれず子供を殺し狂気に陥る」というものすごい展開をきっちり表現したにもかかわらず、2時間40分かけて最初から最後まで同じトーンの演技をしていた筒井君に、正直物足りなさは否めない。ま、ただ石井さんとのコンビという意味では相性は良かったと思うけど。
他のキャストでは壌晴彦さんがさすがベテランという感じで良かった。声の通りが良かったなぁ(さすが詠み芝居)。内田滋啓氏、ちょっと楽しみにしてたんだけどヘレナの息子オイフォリオン役とあとはアンサンブル程度。残念。ていうか、あの天使の衣装はもうちょっとなんとかならなかったかなぁ。tptでみた天使とのずいぶんな違いにちょっとがっかりしてしまった。ナイロン100℃の峯村リエさん、マルテ役は登場シーン少しとはいえさすがに上手い。笑いの間は外さず、かつ、やりすぎず。好印象。
舞台美術は松井るみさん。無機質でシンプルなセットながら、舞台の天井を完全にふさいでいるのには驚いた。照明どうするんだろうと思って観ていたら、客席側に吊ってあるのと舞台奥のすきまからと、あとは舞台の上手・下手の壁に入ったスリットから灯りを差し込んで照らしていたけれど。あれ、照明さん苦労しただろうなぁ*4。さらに牢獄のシーンで天井ごと下げてきたのはちょっと驚いた。ものすごい閉塞感で効果的だったのだけど、思わず「3階から見えるのかな?」「北九州でもちゃんとおなじことできるのかな?」などとよけいなことを考えてしまったり。
舞台全景に投射される映像は上田大樹氏担当。あまり具体的なモノを見せない映像の使い方が良かった。「龍が出た」なんてシーンでも、龍のアニメなか使わずに何本かの線を抽象的に動かす……といった感じ。あんまり舞台で背景に映像使うのは好きじゃないんだけど(あ、もちろん天野天街氏の場合は別だけど)、これは悪くなかったと思う。なんか「エリザベート」で酷い電飾映像見た後だけに(あれは奥秀太郎氏が悪いとは言わない、LEDが悪いんだと思いたい)、なおさら好印象だった。
中西俊博氏の音楽はさすが白井さんとコンビ組んで長いだけあって演出とうまくハマってた。CD出してくれないかな……無理か。近藤良平氏の振付、正直「コンドルズみたいな元気なダンスじゃファウストの世界観に似合わないんじゃ?」とか思っていたけれど、意外によかった。そうか、そういえば坂東扇菊さんとかと公演やるときは全然違うテイストの振付してたな、なんて思い出してみたり。
最後、机に向かっているファウストと床に座ったメフィストが穏やかな表情で微笑み合う……というカーテンコールの演出はちょっと良かったな。印象的。機会があればまたこのスタッフ・キャストで再演してほしいと思う。
- http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/03-2-4-57.html
- http://www.anj.or.jp/tif2004/program/faus.php
- http://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/faust/
- [原作]ゲーテ
- [脚本・作詞]能祖将夫
- [構成・演出]白井晃
- [作曲・音楽監督]中西俊博
- [振付]近藤良平
- [出演]筒井道隆/石井一孝/篠原ともえ/床嶋佳子/壤晴彦/大崎由利子/冨岡弘/河野洋一郎、原田修一、峯村リエ、草野徹、山崎華奈、内田滋啓、東京オペラシンガーズ(上田桂子、三宮美穂、吉田知明、寺本知生)、ダンサー(山口夏絵、吉岡香織)
- [演奏]中西俊博(ヴァイオリン)、長尾行泰(ギター)、谷口英治(クラリネット)、落合範久(チェロ)、鎌田雅人(キーボード&アコーディオン)、仙道さおり(パーカッション)、井野健太郎(コンピュータ・プログラム)
- 解説
- 2003年8月にオープンした北九州芸術劇場のプロデュース作品を、世田谷パブリックシアター提携公演として上演。文豪ゲーテの大作、人生の満足を求めて悪魔メフィストフェレスに魂を売ったファウストのめくるめく愛と幻想の物語を、スピーディかつスタイリッシュな音楽劇としてお贈りします。演出に読売演劇大賞優秀演出家賞2年連続受賞など今、乗りに乗っている白井晃、音楽にジャズ・バイオリンの中西俊博、振付にコンテンポラリー・ダンスの雄「コンドルズ」の近藤良平。ファウストにはテレビ、映画、舞台と大活躍の筒井道隆、メフィストフェレスには新生『レ・ミゼラブル』の主役ジャン・ヴァルジャンを演じ話題の石井一孝。人生の満足とはなにか?音楽劇『ファウスト』は、今を生きる私たちにこそ必要な魂のドラマです
- Story
- あらゆる学問を究めつくしながらも宇宙の真理をつかみ得ないと嘆く老学者ファウスト。彼の前に現れた悪魔メフィストフェスレスは、ファウストの死後の魂と引き換えに、この世のあらゆる快楽を約束しようと持ちかけます。実は、メフィストは神と、ファウストを誘惑できるかどうか賭けをしていたのでした。ファウストは「あの世のことなどどうでもいい」と血の契約書を交わし、もし自分が「時よ、とまれ。お前は美しい」と満足の言葉を漏らしたなら、その時こそ自分は喜んで滅びようと約束します。メフィストは魔法の力でファウストを若返らせ、“第二の人生”を送らせるべく世間の享楽の中へ引っ張り出していきますが、そこで出会ったのが、無垢で純真な乙女マルガレーテ。彼女に一目惚れしたファウストは、メフィストに「あの女を手に入れたい」と持ちかけます。メフィストの手助けを得て、ファウストとマルガレーテは恋仲になりますが、その時からマルガレーテの悲劇とファウストの苦悩が始まったのです。ファウストの欲望のままにマルガレーテは妊娠し、母親と兄はファウストの手にかかって死んでいき、やがて私生児殺しの罪を犯したマルガレーテは牢獄の中で半ば狂女となりながら死刑を待つ日々を送ります。一方、ファウストはメフィストとともに魔女や魔物の祭典、ワルプルギスの夜を訪ねてブロッケン山を登って行きますが・・・。
ファウストとマルガレーテのゴシック・ロマンスが中心に描かれる第1部(幕)に続き、第2部(幕)では、ファウストがメフィストとともに史上最高の美女ヘレナを求めて古代ギリシャの世界を遍歴していく、めくるめくような幻想物語が展開していきます。舞台写真はこちら→ http://www2.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/faust/archives/cat_diary.html